鄧州全忠 (南天棒) 自画像

ID 00190

(中原)鄧州全忠 トウシュウゼンチュウ

1839-1925

臨済宗 妙心586世 妙心寺派海清寺  松島瑞巌寺

 

南天棒 讃   (井沢)寛州宗潤 画     合作

道得南天棒 道不得南天棒 七十八翁南天棒

道い得るも南天棒 道い得ざるも南天棒

 

 

 

本紙寸法 129*34

全体寸法 215*46.5

 

紙本・表具 概ね良好 

桐箱

*当店で手を加えておりません。

 

税込価格 77,000円

白崖窟と号す。南天棒は通称。長崎県唐津の人。八幡円福寺の石応、阿波慈光寺の鬼文常こと懶翁文常、久留米梅林寺の羅山元磨等に参じ、羅山の法嗣となる。東京市ケ谷の道林寺に東京選仏道場を創設、乃木、児玉大将等名士の参禅指導にあたる。大正14年遷化。

 

(井沢)寛州宗潤 画

1895-1954

臨済宗 妙心寺626世 京都 八幡 圓福寺僧堂元師家

泥龍窟と号す。16歳、西宮海清寺の南天棒につき得度。18歳、海清僧堂に掛搭。29歳、八幡円福僧堂に転錫、玲竹軒神月徹宗に参禅。34歳、熊本見性寺に住す。37歳、海清寺住職となり、この年玲竹軒より印可を受く。42歳、玲竹軒突然の遷化により、円福寺住職、僧堂師家に就任。47歳、妙心寺626世歴住視篆開堂。円福寺の経蔵、土蔵新築並びに諸堂を大修理して復興に尽力。昭和29年病のため示寂。世寿59。語録に『泥龍窟語録』、追悼集に『泥龍遺芳』がある。